今日は、ある卒団生の話を書きたいと思います。

抽象的な指導論より、実際に一人の子がどう育っていったかを共有することの方が、私たちのクラブが何を大事にしているかが伝わる気がしたからです。

個人が特定されないよう、細かい部分はぼかしますが、事実に基づいた話です。

4年生の春、彼はエルソールにやってきた

彼が入団してきたのは、小学4年生の頃でした。

それまで、彼は別のサッカークラブに所属していました。その環境が本人には少し合わなかったようです。私が保護者の方から聞いた話では、そのクラブには入団時に体力測定のような選抜のプロセスがあり、彼はその結果、いわば「二軍」に振り分けられ、試合に出る機会もあまり多くない状態が続いていた──ということでした。

これは、そのクラブが悪いという話ではありません。実力別に育成するのはひとつの合理的な方針ですし、そのやり方で伸びていく子もたくさんいます。ただ、その時の彼にとっては、その環境の中でサッカーを楽しむことが難しくなっていた。それだけの話です。

保護者の方の判断と、何より本人の「もう一度サッカーをやってみたい」という気持ちで、エルソールに体験にきてくれました。

正直に言うと、実力的には厳しいスタートだった

ここは、正直に書きます。

彼が体験に来てくれた時、私たち指導陣の目から見ても、実力的にはエルソールの同学年の子たちと比べて、明らかに厳しい状態でした。技術面でも、体の使い方でも、試合の中での判断のスピードでも、追いつくのに時間がかかることは、経験上わかりました。

結果重視のクラブであれば、こういう子は「試合に出さない」という判断もあり得ます。勝つためには、上手い子を使う方が合理的だからです。

でも、私たちエルソールは、そういう選択はしません。「今、この子に何が必要か」で判断するクラブだからです。

彼にとって今必要なのは、「試合に出て、負けて、悔しがって、次の練習で挑戦する」というサイクルを回すことでした。私たちはそう判断し、彼を試合に起用する方針をとりました。

4年生後半:小さな成功体験の積み重ね

入団してすぐの試合は、正直、うまくいかないことも多かったです。パスを受けてもボールを止められない、相手に競り負ける、判断が遅れて自分の役割を果たせない──そういう場面は、たくさんありました。

でも、彼はいつも真面目でした。

練習に休まず来て、コーチの話を聞いて、うまくいかないことを次の練習でもう一度試す。派手さはないけれど、「地道に、続ける」という姿勢が、彼の一番の武器でした。

4年生の後半になる頃、少しずつ、ボールに触れる回数が増えてきました。パスがつながる。相手を抜けはしないけれど、キープはできる。そんな小さな成功体験が、彼の中に積み重なっていくのが、コーチ陣からもわかりました。

「試合に出ていないと、成長のためのフィードバックそのものが得られない。
だから私たちは、実力に関係なく、まず試合に出す。
出た試合で経験することが、次の練習の材料になる。
これが、育成重視の意味です。」

5年生:試合を「経験の場」として使い倒す

5年生になると、彼は明らかに「試合の中で自分の課題を持って帰る」ようになりました。

試合が終わった後、私が「今日はどうだった?」と聞くと、彼は具体的に答えるようになっていました。「あの場面、パスを出すのが早すぎた」「相手にプレスをかけるタイミングが遅れた」「もっとゴール前に走り込むべきだった」。

試合を、コーチが指示で動かして終わらせるのではなく、本人が自分の頭で考えて、課題を持ち帰る。エルソールが目指している姿を、彼は少しずつ体現し始めていました。

実力的には、まだ同学年の子たちに追いつくには時間がかかる状態でした。それでも、彼は焦らず、真面目に続けていました。

6年生前半:動きが変わった

6年生の春、彼の動きが目に見えて変わりました。

ボールを止めるのが速くなった。相手との駆け引きに、以前は見られなかった余裕が出てきた。何より、試合中に「観る」ことができるようになっていた。首を振って、周りを確認して、次のプレーを予測する。あの独特の「判断のリズム」が、彼の中に育っていたのです。

ここで、私はよく思うのですが、子どもの成長は線形ではありません。ある時、急にジャンプするような変化を見せることがあります。彼の場合、それが6年生の春でした。

2年間、地道に試合と練習を積み重ねてきたことが、この時期に一気に形になっていました。

そして、6年生最後の試合

ここからは、私自身、忘れられない光景の話です。

6年生の最後の公式戦でした。エルソールの多くの卒団生にとって、小学生年代最後の試合になる、大事な一戦です。

彼は、スタメンではありませんでしたが、途中から起用しました。ここまで積み重ねてきた彼に、この大事な試合で経験を積んでほしいという、私たちなりの判断でした。

試合の中盤、味方がサイドを崩し、クロスがゴール前に上がってきました。彼はゴール前に走り込んでいました。以前の彼なら、たぶん、走り込みが遅れて間に合わなかったでしょう。この時の彼は、違いました。タイミングを合わせ、ボールに反応し、押し込んだのです

ゴール。

ネットが揺れた瞬間、彼は驚いたような、信じられないような顔で、しばらくその場に立ち尽くしていました。

そのあと、チームメイト全員が駆け寄って、彼をもみくちゃにしました。ベンチのコーチ陣も、思わず声を上げていました。私も、目の奥が熱くなったのを覚えています。

4年生の春、実力的に厳しいスタートを切った彼が、
2年間、真面目に、地道に、続けた結果、
6年生最後の試合で、ゴールを決めた。

これは、彼が自分で掴んだ結果です。
コーチが指示で動かして決めさせたものではありません。

あの時のゴールは、スコアに残る「1点」以上の意味を持つゴールでした。少なくとも、私たちにとっては。

後日、彼のお母さんが書いてくれた言葉

卒団後、保護者アンケートで、彼のお母さんはこう書いてくれました。

「本人の希望で入会しましたが、落ち着きがなく話も聞き流すところがあったので、こんな状態でサッカーが上達するのかと半信半疑でした。

高学年になる頃には、真面目な話を真剣に聞けるようになりました。また、プレーを通して自分で考える力や逞しさ、コミュニティ力もついたように感じました。

自分で考えられる余白を残す指導をしてくださったことに、本当に感謝しています。能動的に動き、自分で試行錯誤し、本当の意味でサッカーができるようになる指導をしてくださったこと。サッカーのみならず全てに通じる貴重な力をつけていただきました。」

──卒業生 M様(保護者)

この言葉を読んだ時、私は「あぁ、良かった」と、素直にそう思いました。

「サッカーのみならず全てに通じる貴重な力」──これこそが、私たちが目指しているものです。彼のお母さんに、そう受け取ってもらえたことが、私たちの活動の意味そのものだと感じています。

→ 保護者の声のページで、他のご家族からいただいたコメントも掲載しています

この物語が語っていること

この彼の話は、エルソールの育成方針の何を伝えるでしょうか。

私は、こう考えています。

1. 「今の実力」で子どもを判断しない

もしエルソールが結果重視のクラブだったら、彼は入団時点で「試合に出さない子」に振り分けられていたかもしれません。そうすれば、勝率は上がるかもしれない。でも、彼のあのゴールは、生まれなかった。

子どもは、今の実力で判断されるべきではありません。まだ伸びる、まだ変わる。その可能性を、大人が閉じてはいけない、と私は思います。

2. 試合出場は「ご褒美」ではなく「成長の機会」

結果重視のクラブでは、試合に出ることが「上手い子へのご褒美」になりがちです。私たちのクラブでは、試合出場は「今、この子に必要な成長の機会」として使います。

彼が2年間かけて成長できたのは、試合に出続けたからです。試合で経験することが、次の練習の材料になる。この循環がないと、育成は成立しません。

3. 続ける子は、必ず変わる

これは、20年指導してきた私の実感です。

真面目に、地道に、続ける子は、どこかで必ず変わります。それがいつになるかは、子どもによって違います。1年後かもしれないし、3年後かもしれない。でも、続けていれば、必ず変化の瞬間はやってきます。

その瞬間を、私たちコーチが信じ切れるかどうか。子どもの努力と時間を、私たちが信頼できるかどうか。──それが、育成重視のクラブに必要な、大人側の覚悟だと思います。

最後に:もし、今、迷っているご家族へ

もしこの記事を読んでくださっているご家族の中に、「うちの子は、今のチームで試合に出られない」「本気でサッカーをやりたい気持ちはあるけど、伸び悩んでいる」──そんな状況にいらっしゃる方がいたら、伝えたいことがあります。

お子さんの今の実力は、5年後・10年後を決めません。大事なのは、「サッカーを続けられる環境にいるかどうか」です。

その環境は、必ずしもエルソールでなくてもいいと思っています。ただ、もしエルソールの方針に何か響くものがあれば、一度、体験に来てみてください。

私たちは、お子さんの今の実力を測るために体験を行っていません。お子さんが「ここでサッカーをやってみたい」と感じられるかどうかを、大事にしています。

あの彼のような物語を、また、生み出せたら──私たちは、そう願っています。